東京地方裁判所 昭和60年(合わ)342号 判決 1988年3月17日
主文
被告人Iを懲役八年に、被告人B、同E、同H及び同Kを懲役五年に、被告人C及び同Dを懲役四年に、被告人A、同F、同G及び同Jを懲役三年に処する。
未決勾留日数中各五四〇日をそれぞれの刑に算入する。
被告人A、同F、同G及び同Jに対し、この裁判確定の日から五年間それぞれの刑の執行を猶予する。
訴訟費用は別紙のとおり各被告人に負担させる。
理由
(罪となるべき事実)
被告人ら一一名は、いわゆる中核派に所属し又はこれに同調する者であるが、ほか一〇〇名位の同派に所属し又はこれに同調する者と共謀のうえ、警察官に鉄パイプなどで攻撃を加えてその制止を排除し、当時の日本国有鉄道浅草橋駅駅舎に火炎びんなどを使用して放火しようと企て、
第一 昭和六〇年一一月二九日午前六時四三分ころから午前六時五七分ころまでの間、東京都千代田区東神田二丁目八番一号先の路上から同都台東区浅草橋一丁目三番先の左衛門橋北詰交差点を経て同区浅草橋一丁目一八番一一号日本国有鉄道浅草橋駅東口に至る間の道路上及び同駅駅舎内において、それらの場所で違法行為の制止、犯人の検挙等の任務に従事する多数の警察官の生命、身体と同駅駅長篠崎奎剛の管理する同駅駅舎、設備等の財産に対し、共同して危害を加える目的をもつて、多数の鉄パイプ(長さ約一五〇センチメートルのもの)及び火炎びん(ビールびんにガソリン及び硫酸を入れ、びんの外側に塩素酸カリウムをしみこませた厚紙を巻きつけ発火装置とした自動着火式のもの)を携帯し、約一〇〇名の集団となつて移動し、もつて、兇器を準備して集合し、
第二 同日午前六時五七分ころ、前記條崎奎剛ら浅草橋駅職員二一名が現在する同駅駅舎内において、右の集団に含まれる者が、ポリ容器に入れて運んできたガソリンと灯油の混合油約六五リットルを同駅駅舎の東口駅本屋二階に散布するなどしたうえ、前記火炎びんのうち約二〇本を投げつけ発火させて点火し、右散布した混合油や火炎びんから飛び散つたガソリンを燃え上がらせ、もつて、火炎びんを使用して同駅職員らの生命、身体及び同駅駅舎、設備等の財産に危険を生じさせるとともに、同駅駅舎建物に火を放ち、その結果、火を同駅駅舎建物に燃え移らせ、東口駅本屋二階の券売機前の木製カウンター、改札口コンコース壁面の木製部分、更衣室の板張床、券売機室天井の野縁などを燃焼炭化させ、更に下り線ホーム上の運転事務室の木製柱、ベニヤ板壁などを焼失させ、人の現在する鉄筋コンクリート等造りの同駅駅舎建物を焼燬(焼燬面積は、二階床約121.87平方メートル、天井約三三〇平方メートル、下り線ホーム屋根約一八〇平方メートル、同ホーム運転事務室約15.3平方メートル及び壁約一五平方メートルの合計約662.17平方メートル)したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張に対する判断)
一共謀について
弁護人は、本件では被告人らに共謀は存在せず、実行行為も存在しなかつたから、被告人らは無罪であると主張するので、以下検討する。
1 まず、本件犯行に至る経緯と犯行状況について、次の事実が認められる。
(1) 中核派は、国鉄千葉動力車労働組合(以下「動労千葉」という。)が昭和六〇年一一月二八日と二九日に国鉄分割民営化阻止をスローガンとするストライキを予定していたことから、同月二〇日ころまでに、右ストライキの支援と称し、中核派の活動家を多数動員して行動隊員とし、同隊員により国鉄浅草橋駅にいわゆる焼き打ちの襲撃を加えることを組織体として決定し、中核派の指令ルートを通じて、各地の同派の活動家に動労千葉のストライキ支援闘争に参加するように呼びかけ、これに応じた者に対し、帽子、サングラス、マスクのいわゆる三点セット、サスペンダー、靴下片方などを用意し、背広、ネクタイなどのサラリーマン風の服装をして同派の拠点に集合するよう召集をかけた。
(2) 右の召集に応じた中核派の活動家一〇〇名余は、同月二八日までに、東京都豊島区千早町所在の前進社ほか、杉並革新連盟事務所、杉並共同購入の会配送センター、法政大学、前進社神奈川支社等の中核派の拠点数か所に分散して集まつた。そして、同日、右の各拠点において、中核派の幹部らから、動労千葉のストライキを支援するため行動隊を組織して国鉄浅草橋駅を襲撃し、火炎びん等を用いて同駅に放火し同駅駅舎及び施設を破壊するという本件犯行計画の大要が打ち明けられ、これに続いて、行動隊員を三個の部隊に分け、一個の破壊放火部隊は浅草橋駅構内に乱入したうえ、鉄パイプなどで同駅駅舎や券売機等の設備を破壊するとともに、火炎びんやガソリンで放火し、他の二個の正面部隊と側面部隊はそれぞれ鉄パイプで警察機動隊に正面から衝突して攻撃を加え、あるいは右の破壊放火部隊を側面から護衛しつつ警察機動隊と応戦するなどと行動隊の編成、任務についての説明を受け、併せて各人の部隊割り当てと役割分担が指示され、さらに、当日の具体的な行動予定について、目立たないように背広姿で三名位ずつに分かれて拠点を出、午前六時四五分までに東京都千代田区東神田二丁目八番一号の通称左衛門橋南公園脇路地(以下「小公園脇路地」という。)に到着すること、同所において、鉄パイプ、ヘルメット、雨合羽などを受け取つて武装し、各人の役割分担に応じて、火炎びん、ガソリン等を持ち浅草橋駅に出撃すること、午前七時ころ同駅に着き、同駅の破壊放火を終えた後は所定の場所に引きあげ、同所で警察官の逮捕、追跡を排除するための伸縮式鉄パイプ(「ストーン」と呼ばれたもの。)を受け取り、これをサスペンダーに吊した靴下片方に収納して安全な場所まで逃走すること、逃走に用いるため都営交通の一日乗車券があらかじめ各人に配布されることなど、同駅構内の図示を交えながらの詳細な指示が与えられ、これらの指示、説明に応じて浅草橋駅襲撃の行動隊に加わることを承知した。
(3) 行動隊員は、同月二八日夜は前記各拠点に宿泊し、同月二九日早朝、背広等の下にサスペンダーを付け、三点セット、一日乗車券を持つて拠点を出発し、三、四名が一組となり、タクシーを乗り継ぐなどして、午前六時半すぎころから、集結地点である小公園脇路地に集まり始め、間もなく、右路地に、火炎びん一〇〇本(二〇本入りビールケースで五ケース)、灯油とガソリンの混合油を入れたポリ容器一五個(一個につき約五リットル入り)、げんのう二本、鉄パイプ約一〇〇本、伸縮式鉄パイプ約一二〇本のほか、ビニール製紺色雨合羽、「中核」の名入りの白色ヘルメット等を荷台に積んだ白色ワゴン車が到着し、これらの兇器、資材を行動隊員に配布する態様がとられた。
(4) 一方、午前六時四〇分ころ、左衛門橋付近に不審者がいるとの通報により、久松警察署警察官六名が小公園脇路地に出動したが、そのころには、同所に一〇〇名余の行動隊員が続々と集まり、右警察官の制止を無視して、前記ワゴン車からヘルメットや雨合羽を降ろして身に付け、各自の役割に応じて鉄パイプ、火炎びん入りのビールケース、混合油入りのポリ容器を持つて武装し、部隊ごとに隊列を組んだうえ、同四八分すぎころ、浅草橋駅東口に向かつて出発した。もつとも、この間、ごく一部の行動隊員は、小公園のすぐ近くまで来ながら警察官の姿を見て逃走したり、小公園脇路地に来たものの武装して隊列に加わることはせずにその場から離れていつたりした。
(5) 武装した行動隊員のうち、正面部隊及び側面部隊に所属する者はほぼ全員が鉄パイプを持ち、破壊放火部隊に所属する者は、火炎びん入りビールケース五ケースを二人一組で一ケースずつ、混合油入りポリ容器一三個位を一人で一個又は二個ずつ運びながら、東京都台東区浅草橋一丁目三番先の左衛門橋北詰交差点を右折し、途中、同一丁目八番七号先で直進する組と左折する組の二手に分かれ、同一丁目九番一一号先で合流して浅草橋駅東口に進み、この間、警察官に兇器準備集合等の現行犯人として逮捕された者もいたが、その余の隊員は、午前六時五七分ころまでに順次同駅東口に到着し、同所で警察官と対峙し、鉄パイプを構え、あるいは振うなどして警察官が駅舎に近づくのを阻止しつつ、シャッターを開けて同駅駅舎内に侵入した。
(6) 侵入した行動隊員は、同駅東口二階のコンコース(改札口前広場)に面した券売機等の各種設備、出札室窓ガラス、駅長事務室などを鉄パイプやげんのうで叩き壊したうえ、運び込んだ混合油を券売機室、出札室等の各部屋やコンコースに撒き散らし、午前六時五七分ころ、これに火炎びんを投げつけて火を放ち、その後、上下線の各ホームを二手に分かれて西口に向かい、西口の自動券売機や精算事務室の窓ガラスを叩き壊すなどして西口から出て逃走した。
以上の事実によると、本件犯行は、あらかじめ中核派の幹部の者らにより周到綿密に計画が立てられたうえ、一一月二八日から二九日早朝にかけて、前記中核派の各拠点において、同所に集まつた一〇〇名余の同派の活動家に対し、同派の幹部の者らから犯行計画の全容についての説明と、本件当日の服装装備、集合方法、浅草橋駅襲撃の手順、その際の部隊編成ないし各人の任務役割、撒収方法についての指示とが具体的、詳細になされ、右活動家らがこれを了承し、本件当日ほぼ計画どおりに実行に移した犯行であると認められる。
2 次に、被告人らの逮捕経過とその際の服装、所持品等について、次の事実が認められる。
(1) 被告人A、同F、同G及び同Jは、いずれも背広ないしブレザー、ワイシャツないしカラーシャツなどを着用し、当日午前六時四〇分すぎころ、東京都中央区馬喰町から小公園方向に向かつて歩き、小公園脇路地から約三〇メートルの路上に至つた際、小公園脇路地で既に武装を始めていた行動隊員と対峙していた久松警察署警察官に発見されたため、直ちに反転して靖国通り方面に逃走したが、同四五分ころ、同区日本橋横山町六番七号先の袋小路において、追跡してきた警察官に兇器準備集合の現行犯人として逮捕された。その際右被告人らは、いずれも三点セット、一日乗車券、軍手、ヤッケなどを所持し、サスペンダーを着装していた。
(2) 被告人C及び同Dは、いずれも背広ないしブレザー、ワイシャツ、ネクタイを着用し、武装した行動隊員が隊列を組んで小公園脇路地を出発したころ、同所から行動隊の進行方向とは反対の靖国通り方向に早足で歩き出し、その際右路地から約九〇メートル離れた路上でパトカーを停めて右行動隊員の動静を注視していた警察官に発見されたため、そのまま靖国通りに出て逃走したが、被告人Cは同五〇分すぎころ同区日本橋馬喰町二丁目二番先路上において、被告人Dはその少し後に同丁目七番先路上において、右警察官に兇器準備集合の現行犯人として逮捕された。その際右被告人らは、いずれも三点セット、一日乗車券、軍手、ヤッケなどを所持し、サスペンダーを着装していた。
(3) 被告人B、同E、同H及び同Kは、本件当日、いずれもヘルメットをかぶり、背広ないしブレザー、ワイシャツないしカラーシャツ、ネクタイの上から紺色雨合羽を着用し、前記一〇〇名余の行動隊員に加わり、被告人Bは○×幸男と共に、被告人E、同Hは両名で、被告人Kは氏名不詳者と共に、火炎びんを運搬しつつ小公園脇路地から浅草橋駅に向かう途中、被告人Bは午前六時五五分ころ東京都台東区浅草橋一丁目一〇番一三号先路上において、被告人E及び同Hは同時刻ころ同丁目一七番先路上において、被告人Kは同五四分ころ同丁目九番先路上において、それぞれ追跡してきた警察官に兇器準備集合等の現行犯人として逮捕された。その際右被告人らは、一日乗車券などを所持し、サスペンダーを着装していた。
(4) 被告人Iは、本件当日、ジャンパー、帽子、サングラスなどを着用し、前記多数の火炎びん、鉄パイプ、雨合羽、ヘルメット等の兇器及び資材を積んだ白色ワゴン車を運転して小公園脇路地に到着し、同所に集まつてきた行動隊員が武装して出発するまで運転席にいたが、その後警察官に逮捕されそうになつたため、下車して逃走を図り、午前六時五七分ころ、東京都千代田区東神田一丁目九番先路上において、追跡してきた警察官に兇器準備集合の現行犯人として逮捕された。その際同被告人は、一日乗車券、右ワゴン車の合鍵、運転免許証、道路地図などを所持していた。
以上の事実によると、被告人A、同F、同G及び同Jは、多数の行動隊員が小公園脇路地で武装を始めたころ、右隊員らと同じ服装装備をして右路地のすぐ近くまで来たところを警察官に発見されて逃走したのであるから、前記認定の中核派の拠点において、同派の幹部の者から本件犯行計画についての説明と、本件当日の服装装備、集合方法、浅草橋駅襲撃の手順等についての指示を受け、これに従い、同駅襲撃の行動隊の一員として、本件当日右拠点を出て小公園脇路地の近くまで来たものであることが明らかである。そうすると、同被告人らは、たまたま集結場所に至る寸前に警察官に発見されて逮捕されたため実行行為に出なかつたものの、自らも本件各犯行を実現しようとする意思を持つて行動し、他の行動隊員の実行行為を通してその意思を実現したと認めるのに十分であるから、本件各犯行のすべてについて共謀共同正犯の刑責を免れることができない。
次に、被告人C及び同Dは、行動隊員と同じ服装装備をして、武装した行動隊員が小公園脇路地を出発するまでその場所に滞留し、被告人B、同E、同H及び同Kは、破壊放火部隊の一員として、小公園脇路地から浅草橋駅に向かつて火炎びんを運搬し、さらに、被告人Iは、兇器及び資材の運搬役として、ワゴン車を運転して本件多数の鉄パイプ、火炎びん等を小公園脇路地に運び込んだのであるから、いずれもその間に行われた兇器準備集合罪について実行正犯が成立することが明らかである。また、右被告人らは、前記の事情によりいずれもその後行われた犯行の実行行為には加わつていないが、それ以前において本件犯行の一部の実行行為に出ていたのであるから、あらかじめ指示された役割に従い、自ら本件各犯行を実現し又は他の行動隊員の実行行為を通じて本件各犯行を実現しようとする意思のあつたことが明らかである。したがつて、右被告人らは、武装集団から離れた後に他の者のした兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反及び現住建造物等放火の犯行についても共謀共同正犯の刑責を負わなければならない。
3 なお、弁護人は、兇器準備集合罪は共同加害目的を有する者が集合した場合にのみ成立する自手犯と解すべきであるから同罪につき共謀共同正犯が成立することはありえないと主張する。
右の所論は、兇器準備集合罪におけるいわゆる共同加害の目的を他と共同して自らも加害行為に出る目的と限定して解したうえ、同罪はその目的をもつて集合した者のみを対象とし、共謀共同正犯の成立を認めない趣旨の身分犯の規定であると解するものと思われる。
なるほど、規定には「二人以上ノ者」が「共同シテ害ヲ加フル」目的をもつて集合した場合と定められているのであるから、二人以上の者が共同して加害行為に出る目的で集合したという客観的事実は存在しなければならない。また、規定の構成上、兇器準備集合罪の正犯となる「集合シタル者」は「共同シテ害ヲ加フル目的ヲ以テ集合シタル」者に含まれると解すべきであるから、集合した者にも「共同シテ害ヲ加フル目的」が存在しなければならない。しかし、このことは、共同加害の目的を他と共同して自らも加害行為に出る目的と解すべき根拠となるものではなく、集合した者のうちの二人以上の者において共同して加害行為に出ることを認識していることを要すると解すべき根拠となるにとどまる。そして、この解釈は、兇器準備集合罪が共同加害の危険をはらみ、かつ、兇器の準備されている集合体にそのことを知りつつ参加する行為を共同加害の危険性と社会不安とを増大させる行為とみてこれを禁圧する趣旨で規定されたことに適合するばかりか、一般に将来の行為又は結果を内容とする目的犯の目的について、その行為又は結果が発生することの認識(予見)をもつて足りると解さていることとも調和する。このように解すると、兇器準備集合罪は、共謀により共同実行することが可能な犯罪であることが明らかである。
4 以上のとおりであるから、本件各罪につき被告人らは無罪であるとの弁護人の主張は採用することができない。
二被告人Aら四名に対する現行犯逮捕手続の適否について
弁護人は、被告人A、同F、同G及び同Jは、集団に加わつておらず、兇器準備集合の実行行為に着手さえしていないので、同人らに対する兇器準備集合による現行犯逮捕は、その要件を欠く違法なものであり、右逮捕に伴い行われた捜索差押も違法であるから、同人らから押収した一日乗車券等の証拠物は違法収集証拠として証拠能力がないと主張する。
そこで検討するのに、現行犯逮捕が令状主義の例外として認められているのは、現に犯罪が行われ又は終了したという状況から、被逮捕者がその犯罪の犯人であることが逮捕者にとつて明白であり、かつ、直ちに逮捕を行うべき緊急性があることによるのであるから、共謀共同正犯についても、被逮捕者らの挙動や犯罪現場の状況などから、現に行われ又は終了した犯罪が同人らの共謀による共同犯行であることが逮捕者において明白であるときには、被逮捕者が実行行為者であるかどうかにかかわりなく、これを現行犯として逮捕することができるものというべきである。
このような見地から本件についてみると、本件当日未明首都圏の各所で過激派の者によるとみられる国鉄の通信ケーブル線切断の事件が発生したため、警察では厳戒態勢をとつていた折、右被告人らの逮捕にあたつた久松警察署警察官牛木巡査は、左衛門橋付近に不審者がいるとの通報を受け、当日午前六時四〇分ころ同警察署の五名の警察官とともに小公園脇路地に出動すると、同所に不審な本件ワゴン車がエンジンを止めて停車しており、次いで同車の後方あたりから背広姿の者が続々と現れてワゴン車から鉄パイプや中核の名入りのヘルメットを取り出し、同巡査らの制止を排して武装を始め、次いで小公園脇路地から約三〇メートル先の路上を背広ないしブレザー姿の七人位の者が靖国通り方向から小公園に向かつて来るのを認めたので、その際の状況から、同人らも武装した中核派の集団の一員であると判断し、兇器準備集合の現行犯人として逮捕するためその方に一、二歩向かつたところ、急に同人らが反転して逃げ出したので、いよいよ武装した右集団の者らの共犯者に間違いないと確信し、前記認定の場所まで追跡したうえ、途中から応援に加わつた他の警察官とともに右被告人らを逮捕するに至つたことが認められる。
してみると、本件においては、小公園脇路地で集団の者らにより兇器準備集合の実行行為が行われている最中に、被告人Aら数人の者がその犯罪現場のすぐ間近まで歩いてきて、犯行を行つている右集団に加わろうとしたという明白な状況があることになるから牛木巡査が、このような状況から、右被告人らと右集団の者らとの間に共同して兇器準備集合を実行する旨の共謀があることが明らかであると判断し、右被告人らを兇器準備集合の共謀共同正犯と認めて現行犯逮捕に出たのは正当であつたというべきである。したがつて、右被告人らに対する現行犯逮捕手続はいずれも適法である。
以上のとおり、所論はその前提を欠くばかりか、その後行われた捜索差押手続にも違法とすべき点は認められないから、弁護人の主張は採用することができない。
三共犯者証人の検察官に対する供述調書等の証拠能力について
弁護人は、当裁判所が調べた△△純一、××広及び△×忠夫らのいわゆる共犯者証人の検察官に対する各供述調書(謄本)及び同人ら自身の兇器準備集合等被告事件における各公判調書(謄本)の証拠能力について、(イ)刑訴法三二一条一項一号二号が証人の供述不能を条件として前の供述に証拠能力を認めているのは、憲法三七条二項に違反し、(ロ)かりにそうでないとしても、刑訴法三二一条一項が伝聞法則の例外の要件として定めている供述不能は証言拒絶を含まず、また、本法廷における同人らの証言拒絶は正当な理由がないばかりか、一時的な拒絶にとどまり、再度喚問すれば翻意して証言することが期待できたものであるから、共犯者らの右の各調書には証拠能力がないと主張する。
1 まず、(イ)の主張について検討すると、憲法三七条二項は、その文言からも明らかなように、証人の証言が得られる場合についての規定であつて、証言が得られない場合についての規定ではないから、この規定をもつて、被告人に反対尋問の機会が与えられない証拠をすべて排除する趣旨のものであると解するのは相当でない。また、同条項は、証人の証言を証拠とするにあたつては、被告人に反対尋問の機会を与えて証言の信用性を確かめさせるという手段を設けることが正確な事実認定に資する所以であるとの見地に立ち、反対尋問権を保障しているものであつて、これを保障すること自体を目的とし、反対尋問の機会を与えない供述をことごとく証拠から排除する趣旨の規定であることは解せられない。もつとも、同条項が反対尋問権を権利として保障し、かつ、供述の信用性の情況的保障に特に意を用いていることを考えると、被告人に対し反対尋問の機会を与えない供述を証拠とするには、供述者の証言が得られない場合などその供述を証拠とする必要性のあること、及び、その供述を事実認定の資料に供しても正確な事実認定を歪める危険性の少ない情況的保障のあることの要件が求められるというべきである。所論は、この点に関し、証人の供述不能を理由として前の供述を採用する場合にも、憲法上単なる信用性の情況的保障があるだけでは足りず、証人の相反供述を理由として検察官面前調書を採用する場合の要件とされている「前の供述を信用すべき特別の情況」の存することが必要であると主張するが、右の要件は、証人の証言と前の供述のいずれにより高い信用性が認められるかという相対的評価が問題となる相反供述の場合に初めて意味がある要件であり、供述不能の場合には意味をもたない。もとより、前の供述が真実に合致すると認められる場合でなければ事実認定の基礎たる証拠として用いることは許されないが、その判断は、供述不能の場合にも、相反供述の場合にも、事実認定を行う際の信用性の判断に委ねれば足り、証拠能力の判断の際に行わなければならないものではない。
右の観点からすると、刑訴法三二一条一項一号二号が、証人の証言が得られないことと、裁判官又は検察官の面前におけるその者の供述録取書で供述者の署名又は押印のあることを要件として、供述録取書に証拠能力を認めているのは、裁判官又は検察官が、供述の正確性を確保し、その信用性を判断するのに必要な手がかりを保全する職務上の義務を負う国家機関であることに着目した立法措置であり、前記の憲法上の要請を充たしているということができる。
2 次に、(ロ)の主張について検討すると、刑訴法三二一条一項一号二号にいう供述者が「供述することができないとき」とは、右各号に規定する死亡等による供述不能の場合だけでなく、証言拒絶による供述不能の場合を含み(最高裁判所昭和二七年四月九日大法廷判決・刑集六巻四号五八四頁参照)、さらに、証言拒絶による供述不能については、証人が証言拒絶権を行使した場合に限られず、これを行使しない場合を含むと解せられる。なぜなら、刑訴法三二一条一項一号二号は、前示のとおり、供述者の証言が得られない場合には、その者のした前の供述が信用できる情況のもとになされたものである限り、伝聞証拠禁止の例外として、その供述に証拠能力を認めることが刑事司法の目的にかなうとの判断に出たものと解せられるのであり、同条項各号が供述することができない事由として死亡等を掲げているのも、その供述者の証言を得られない場合の典型的事由を示したにとどまり、死亡等と同等又はそれ以上の事由があるときに同条項各号所定の書面に証拠能力を認めることを否定した趣旨ではないというべきである。同条項一号後段、二号本文後段が、証言が得られた場合であつても、「前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」に、前の供述を証拠とする途を開いていることも、右の解釈の支えとなるであろう。
これを本件についてみると、△△ら三名は、本件公訴事実と同一内容の兇器準備集合等の事件につき東京地方裁判所で審理を受けて有罪の判決を言い渡され、△△及び××は右事件の控訴審の審理中に、△×は右判決が確定したことにより服役中に本件の公判期日に証人として出頭しながら、本件公訴事実について、拒絶事由を示さないで一切の証言を拒絶したものであつて、その際の同人らの証言拒絶の意思は固く、再度喚問しても翻意して証言することが期待できないと認められたのであるから、同人らが裁判官及び検察官の面前でした供述の録取書は、刑訴法三二一条一項一号前段、二号本文前段の要件を充たしているというべきである。よつて、弁護人の主張は採用することができない。
四違法性阻却事由について
弁護人は、本件は、政府、国鉄再建監理委員会及び国鉄当局が強行しようとしていた違法不当な国鉄分割民営化政策に対し、これを阻止するため抵抗権の行使として行つた正当な行為であるから、違法性がないと主張する。
しかしながら、具体的な国政の是非について賛否いずれの見解であつたとしても、それを主張するには憲法及び法律の許容する手段によるべきであつて、本件のように法秩序を無視した暴力的手段によつて自己の主張を貫徹しようとすることは、正当といえない。
そのほか弁護人は、本件は、動労千葉のストライキを防衛するため憲法二八条の保障するピケッテイングの権利を行使した正当行為であり、あるいは労働者の生存権や労働組合の団結権に対する急迫不正の侵害からそれらの権利を守るためやむをえずした正当防衛であるから、違法性がないと主張するが、本件行為の主体、態様、結果などに照らし、到底正当行為や正当防衛を認める余地はない。
よつて、弁護人の主張は採用することができない。
五公訴棄却の主張について
弁護人は、本件各公訴の提起は、要件を欠いた逮捕及び捜索差押、暴行、脅迫、侮辱及び転向強要を伴う長時間の取調べ、弁護人との接見交通の妨害などの重大な違法又は著しく不当な捜査手続に基づいてなされたものであるから、直ちに無効であるか、公訴権を濫用した場合にあたり無効であるので、公訴棄却の判決がなされるべきであると主張する。
しかし、かりに捜査手続に違法不当があつたとしても、そのことにより公訴提起の効力が当然に無効となるものではないから、所論は失当というほかはない。また、本件の捜査手続に重大な違法又は著しい不当があつたとは認められず、検察官が公訴権を濫用して本件各公訴を提起したとも認められない。
以上のとおりであるから、弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人らの判示第一の所為は刑法六〇条、二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為中火炎びん使用の点は刑法六〇条、火炎びんの使用等の処罰に関する法律二条一項に、現住建造物等放火の点は刑法六〇条、一〇八条に該当するが、判示第二の火炎びん使用と現住建造物等放火とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い現住建造物等放火の罪の刑で処断し、各所定刑中判示第一の罪については懲役刑を、判示第二の罪については有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をし、なお被告人C、同D、同A、同F、同G及び同Jについては犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽し、以上の各刑期の範囲内で被告人Iを懲役八年に、被告人B、同E、同H及び同Kを懲役五年に、被告人C及び同Dを懲役四年に、被告人A、同F、同G、同Jを懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各五四〇日をそれぞれの刑に算入し、被告人A、同F、同G及び同Jに対し、後記の情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間それぞれの刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文により別紙のとおり各被告人に負担させる。
(量刑の理由)
本件は、中核派の活動家であつた被告人らが、同じく同派の活動家約一〇〇名の者と共謀のうえ、組織的、計画的に敢行した悪質極まりない集団暴力事犯である。すなわち、本件は、中核派が、国鉄分割民営化阻止を目的とする動労千葉のストライキを支援するという名目のもとに、行動隊を組織し、警察機動隊の制止を実力で排除して浅草橋駅に焼き打ちをかけ、社会不安を惹起することを計画し、各地の同派の活動家を密かに動員して行動隊員とし、これを三個の部隊に分けて各人の役割分担や襲撃の手順などを詳細に打ち合わせ、多数の鉄パイプ、火炎びんなどの兇器及びヘルメット、雨合羽などの資材を用意したうえ、ほぼ計画のとおり実行に移したものであり、犯行の態様は、早朝行動隊員一〇〇名余が浅草橋駅近くの公園に集結したうえ、同所に運び込んだ兇器等で武装し、鉄パイプを振うなどして警察官の制止を排除しつつ、集団となつて浅草橋駅に移動し、駅舎内に乱入して破壊をほしいままにしたうえ、ガソリンと灯油の混合油を撒き散らし、そこに火炎びんを投てきして火を放つたという悪質なものであり、その結果も、当時駅舎内に現在した職員二一名の生命身体を重大な危険にさらしたばかりか、駅建物を焼燬して国鉄に甚大な財産上の被害を与え、さらには同駅の使用を不能にして首都圏の交通を混乱させるなど重大かつ深刻であつた。
次に、被告人らの各別の犯情についてみると、被告人Iは、本件多数の兇器及び資材を積んだワゴン車を運転して集結地に到着し、集まつてきた共犯者に火炎びん、鉄パイプ等を配布したものであり、同人の行為があつたことにより初めて本件犯行全体の実行行為が可能になつたといつても過言ではないから、同人の果たした役割は際立つて大きく、その刑責は重大である。次に、被告人B、同E、同H及び同Kは、破壊放火部隊の一員として、集結地から浅草橋駅に向かい火炎びんを運搬したものであり、その途中逮捕されたため同人らの火炎びんが放火等の犯行に使用されることはなかつたものの、その役割にかんがみると、同人らの刑責は重いといわざるをえない。さらに、被告人C及び同Dは、犯行計画のとおり集結地に集合したものであり、その後武装した集団から離れるなどしたためその後の各犯行の実行行為には出ておらず、また、被告人A、同F、同G及び同Jは、集結地に向かつたものの、そこに到着する直前に逮捕されたため各犯行の実行行為に出ることはなかつたが、右被告人らは、いずれも本件に積極的に加担して犯行を遂行しようとしたのであるから、その刑責は重い。
以上のほか、被告人I、同B、同E、同H、同K、同C及び同Dは、現在もなお本件犯行の正当性を主張し、今後とも中核派に所属又は同調して自らの主義主張を貫徹するため現行法秩序を無視してはばからないとの態度をとり続けており、全く反省の態度が認められないから、このような事情も考慮し、本件における各被告人の役割、実行行為の態様などに応じて、それぞれ右の被告人らを主文の刑に処するのが相当である。
他方、被告人Fは反核活動を、被告人G、同J及び同Aは部落差別反対活動をしていた過程で国鉄分割民営化反対運動に共鳴し、その運動の一環として動労千葉のストライキ支援行動をするため上京し、中核派組織から命じられるまま本件犯行に加担することになつたと認められるのであり、本件の実行行為には及んでいないうえ、現在では中核派の活動に疑問を抱いて今後は同派から離脱し、又は同派とは一線を画する意思であることがうかがわれる。そのほか、右被告人らに前科はないこと、いずれも長期間勾留され、その間被告人Fは大学を退学となり、被告人Jは勤務先から懲戒免職処分を受けるなど既に相応の社会的制裁を受けていることなど、右被告人らのため勘酌すべき事情があるので、右被告人らに対しては、今一度社会内で贖罪と自力更生の機会を与えるのが相当であると判断し、主文の刑に処したうえ、その執行を猶予することとした。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官香城敏麿 裁判官出田孝一 裁判官大野勝則)
別紙<省略>